企画「髙久先生に聞く『医療の未来』

医療の質・安全は重要な学際的テーマ

加藤:
本日は、特に医療の質・安全というテーマを中心に、医療の現状についての一般市民への情報公開の必要性や、医療の未来について伺いたいと思います。先生は医療の質・安全学会の理事長をお務めですが、医療の質と安全を重視されるようになった経緯はどのようなものだったのでしょうか?
高久:
2004年に、日本医学会が主催して「医学・医療の安全の科学」というテーマで30人くらいのクローズドシンポジウムを開催しました。1日半にわたってのディスカッションでした。いろいろな分野から集まりましてね、医師だけではなく看護師も、薬剤師も-非常にホットな議論になりました。最後に、「医療の安全」は非常に重要で学際的なテーマだから学会をつくったらどうだろう、と提案しました。医療の「質」と「安全」は直接関係する問題だということもあり、名称を「医療の質・安全学会」としました。言い出しっぺということで、私が理事長にさせられてしまいました(笑)。

医師不足の現実

加藤:
われわれ素人目には、医療の質・安全と切っても切れない関係にあるものとして、医師不足の問題が考えられます。2006年の日本医学会のシンポジウムには「医師の専門分野の偏在」がテーマだったと記憶しておりますが・・・
高久:
日本はアメリカと違って、仕事がたいへんなところは給料が高いというシステムではありませんから、どうしても勤務条件が楽な方に流れてしまう傾向はありますね。そうすると医師の偏在という問題になります。それから、病院勤務医の仕事がきついということで、開業する医師が増えています。そういうことがずっと積み重なって今のような状況になっていますから、これを一気に改善するのは容易ではありません。中小病院の経営が厳しくなり、医師がいなくなって、病院が存続できなくなっていくので、必然的に患者さんは大学病院に行くようになります。そうすると大学病院がパンク状態になってしまいます。医療費を削減し続けてきたことの影響ですね。
加藤:
現実の問題として、本当に医師の数は不足しているのでしょうか?
高久:
人口一定数あたりの医師の数がOECDの先進国の中で日本は低く、これが医師不足といわれている根拠になっていますが、病院勤務医が少ないのは事実です。開業医の先生は増えているのですが・・・。しかし、今のような状況でどんどん医師の数を増やしても、偏在がますます増えるばかりではないかという意見もあります。今もっとも大きな問題なのは、外科に進む人が少なくなっていることです。外科医は技術を修得しなければなりませんし、それには何年もかかるからです。しかし、どの科を選ぶかというのは個人の性格、考え方もありますから、強制するのはむずかしいです。一方、医師を増やすのは10年で実現できますが、減らすのには40年かかります。こういったことを踏まえて、慎重に検討していく必要があります。
加藤:
医師不足という問題が、先日の大野病院の事件の背景にもあるのでしょうか?
高久:
直接にはないと思いますが、外科とか産科は訴訟が多いし、また今回は無実が証明されましたが、場合によっては有罪になる可能性もある。そうした重圧がある中での仕事ですから、実際たいへんなのですが、病院内で外科や産科の医師だけを優遇するのもなかなかむずかしいでしょう。
加藤:
「医療に対する期待と現実の医療提供との間に乖離が生じている」と、医療の質・安全学会の設立趣意書にも指摘されていますが、やはり開きがあるのですか?
高久:
それは世界的な現象です。身近なところで自治医大のまわりの近辺の話をしますと、市立病院のような地域の基幹病院であるはずの二次医療機関が救急をやらなくなって、救急医療が壊滅状態になっています。二次医療機関の医師不足が原因で、三次医療機関である大学病院に大きなしわ寄せが来てしまいました。一般診療所など一次医療機関の一部がカバーしてくれたのですが、それにも限度がありますからね。
加藤:
全国的に同じようなことが起きているのでしょうか?
高久:
そうです。二次医療機関がなくなったり、医師が勤務医を辞めて開業したりする-そうすると医師不足になって、医学生を増やせということになります。それで本当に現状を打開できるかどうかはよく考えないといけません。

「病診連携」システムの重要性

加藤:
そうしますと、日本の医療の未来を考えるとき、どういった視点が必要でしょうか?先生のお考えをお伺いしたいのですが・・・。
高久:
世界の中の医療水準を高める、あるいは新しい医療を取り入れていく必要があります。それから、「医療の質と安全」も大きなキーワードとなります。もうひとつ、高齢化社会にどう対応するかということも大きな問題です。私は将来的には、外国のように一次医療機関、二次医療機関、三次医療機関で役割を分担して、まず一次医療機関を介して二次医療機関や三次医療機関を受診するという医療提供体制をつくっていくことが、これからの日本の医療には大切だと思います。家庭医的な人がいて、そこを通して専門医のところに行くとか、二次医療機関を通して三次医療機関を受診するというシステムを今からつくっていかないと、将来的に日本の医療は維持できなくなるでしょう。
加藤:
従来でいう「かかりつけ医」でしょうか?
高久:
そうです。「病診連携」といわれるものですが、これをシステムとしてつくっていくことが必要になってくるでしょうね。
加藤:
こうした医療の現状を患者さんや一般市民の方々に知ってもらうということも大切だと思いますが・・・
高久:
そのとおりです。日本医学会でも2005年から一般市民向けに公開フォーラムを開催しています。今年(2008年)10月で7回目になりますが、今後もこうした機会を設けて、医学・医療の現状を知っていただけるようにしたいですね。
加藤:
当社でも一般市民への情報公開を事業の主軸に据えていきたいと思っています。本日は貴重なお時間を頂戴し、ありがとうございました。

髙久史麿

髙久 史麿(たかく ふみまろ)

日本医学会会長・自治医科大学前学長

略歴

1954年3月 東京大学医学部医学科卒業
1972年4月 自治医科大学内科教授
1982年7月 東京大学医学部第3内科教授
1988年4月 東京大学医学部長(平成2年3月迄)
1990年4月 国立病院医療センター院長
東京大学第3内科教授兼任
自治医科大学副学長(非常勤)兼任
1993年10月 国立国際医療センター総長
1995年5月 東京大学名誉教授
1996年4月 自治医科大学学長
国立国際医療センター名誉総長
2004年4月 日本医学会会長

主な受賞歴

1971年 ベルツ賞第1位
(論文「血色素合成の調節その病態生理学的意義」)
1981年 日本医師会 医学研究助成費
1989年 日本医師会 医学賞
武田医学賞
1992年 上原賞
持田記念医学学術賞
1994年 紫綬褒章
井上春成賞
1999年 日本医師会 最高優功賞
2000年 日本癌学会 長與賞

インタビューを終えて

インタビュー図らずも、高久先生のインタビューが実現した。
高久先生とは1999年に東京で開催された第25回日本医学会総会の会頭を務められたとき以来たいへんお世話になってきた。とは言え、若輩者にとっては胸躍る経験である。
インタビューの冒頭に、ご挨拶代わりに高久先生がおっしゃった、「私は臨床を離れてずいぶん経っていますから・・・」というお言葉に反し、現在の医学や医療、医療現場が内包している問題点を的確に分析されており、ご意見ひとつひとつの含蓄の深さに感銘を受けた。
また、医療がかかえているさまざまな問題を、10年と言わず、非常に長いスパンで考えていらっしゃることにも、正直なところ驚かされた。早計な判断は、逆に命取りになりかねないという先生の抱いていらっしゃる危惧が、率直に伝わってきた。 「医療の未来」という漠然としたテーマについての問いかけに対しても、本質をそらさない的確さでお答えいただいた。
医療の世界に生きているとは言え、私は門外漢である。にもかかわらず、終始真剣に示して下さった示唆は、お人柄はもちろんのこと、高久先生のプロフェッショナリティゆえのものであろう。